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価値と対価について
- 2019/10/24
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価値と対価に関する2つのアプローチ
価値とその対価というものは、恐らく「プロダクトが先にあるのか」「ニーズが先にあるのか」、この2点によって大きく性格が異なる。前者の価値を手に入れたければ、出来合いのものを購入する事になる。後者の価値を手に入れたければ、作ってくれる人を捜し、まだ見ぬプロダクトをともに造り上げる事になる。
例示をすれば、前者は車で、後者は私の飯の種のひとつであるコンピュータシステムがそれにあたる。
プロダクトが先にある場合
このテーマで話をする時に、私はよく車を引き合いに出す。
車。とある主婦が車を購入しようとしたとする。
主婦が車を欲しいと思った理由は何だろうか。恐らくはこんなところだろう。
- 買い物の足が欲しい
- 子供の送り迎えがしたい
- 別に速くなくても良いし、沢山の人数が乗れなくても結構。
軽自動車で十分だ。
これが運送会社ならトラックだろうし、六本木ヒルズみたいな雲の上に住む人なら高額なスポーツカーかもしれない。工事現場のおっさんならパワーショベルを購入するだろうし、農家のお兄さんならトラクターかもしれない。
このように、プロダクトが先にある場合は、その分野が大きなビジネスであればある程、その正解が準備されている。
・・・という考え方は実は間違っていて、人々はそれぞれのプロダクトという箱に、自分のニーズを適合させていると言える。
つまりプロダクトが、人の利用方法を既定する。
さて、仮に前述の主婦が購入できるものが「フェラーリー」しかなかったらどうなるだろう。主婦はきっと腹を立てるだろう。
私が欲しいのは、こんなデラックスなものじゃない。V6/12気筒、5.8リッターのエンジンなんて要らないし、ボディは鉄で結構。シートは本革じゃなくて良いし、ホイールだってもっと小さくて良い。だいたいこの赤くて目立つ外観が気に入らない。私は今出掛けてますよって言いふらしながら走るようなものじゃないの。
ごもっともである。
でも、現実社会においては、主婦にフェラーリを売りつけるケースというのは結構ある。
プロダクトの価格には開発費や宣伝費をはじめとする様々な間接費が含まれており、その費用を頭割りする購買者が少ないのであれば、1つあたりの金額は高くせざるを得ない。
ニーズが先にある場合
ニーズが先にある場合はどうか。
この場合、ニーズは購買者が持っている。一般的にニーズに沿えば沿う程、汎用性・再利用性は下がっていく。
そして、頭割りする購買者はいない。1人だけのために作られたプロダクトだ。
これを先程の車に当てはめると、ちょっと困った構図になる。
このプロダクト製造の場合、「軽自動車をフェラーリの金額で購入する」という事態が頻繁に発生するのだ。
極端な言い方だろうか?
システムエンジニアをやっていると、例えば以下に類似する依頼をされる事が結構ある。
この宛名印刷ソフトは今の運用に少し合わない。なので、この部分だけを少し直した宛名印刷ソフトを作って欲しい。費用はこのソフトが10,000円だから、、、迷惑もかけるし50,000円位払うよ。
これ、冗談抜きで、ほんと頻繁に依頼されるのである。
その度に車の例を引き合いに出して説明し、最後にこう付け加える。
・・・というわけで、あなたのためだけに開発される軽自動車は、フェラーリよりも高いのです。
さて、価値と対価について
価値とは何で、対価とは何か。
価値:手に入れた際にもたらされるメリット
対価:価値のために払っても良いもの
仮にこう既定したとして、皆さんも一度自分の胸に手を当てて考えてみて欲しい。
例えば今、あなたが手にしているスマートフォンの価値を、絶対的な数値として既定できていますか?市場価格から判断していませんか?そのスマートフォンのために支払った対価をどれくらい回収しているか、絶対的な数値として既定でますか?
意外にできていないのではないでしょうか。
私には、とても無理です。
どう対価を設定すべきか
ニーズが先にある場合の対価って、ほんとに難しい。
何年か試行錯誤して得た結論は、実はトホホなものだったりする。それは、こんな感じだ。
相手の財布をこっそりと覗いて、出せそうな金額の中で、できるだけの事をやる
我ながら情けないが、このやり方が結局のところ、払う方・払われる方お互いに一番納得感が高いのだ。
それは、この既定路線に乗ると、以下のプロセスに基づく要件が定義されるから。
- なにが欲しいか(価値)を考えてもらう
- その「欲しいもの(価値)」に、こちらが値段(対価)を付ける
- 価値と対価のバランスを見て、「本当に欲しいもの」が決まる
- 本当に欲しいものだけが作られ、それほどでも無かったものは、納得の上妥協する。
価値も対価も相対的なもの
なのかもしれないと思う。
価値が先だとか、対価が先だとか言う事はなく、価値に対価という値段が設定されて、はじめて”価値”の「価値」がわかるのではないかというのが、今のところの結論です。
ほんっと、わからない。
そんなわけで今日も、見積もり作成に頭を悩ませる。